大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(う)1453号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮四月に処する。

ただし、この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中原審証人岡野都一に支給した分は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人君和田保蔵、同中西金太郎共同作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

一控訴趣意第一の一(酩酊の程度)の事実誤認の主張について〈略〉

二控訴趣意第一の二、三(田那辺眞一を死亡させた原因)の事実誤認の主張について

関係証拠によると、本件の事実関係はおおよそつぎのように認められる。

被告人は昭和四六年六月三日夜普通乗用自動車(トヨペツトコロナ)を運転し、取手駅西口から国道六号線に入り藤代町方面に向つて右国道を北進し、同日午後一一時五〇分ころ取手市大字桑原九二四番地先の本件事故現場(幅員九メートル、片側4.5メートルのコンクリート舗装道路)に時速七、八〇キロメートルでさしかかつたところ、そこには藤代町方面から南進してきた波多野和男運転の普通貨物自動車(トヨタハイエース)がセンターラインを越えて被告人車の進行する下り車線内で横向きになり、前輪を外側の未舗装部分に落して停車していた。被告人はこの波多野車を彼我の距離が26.1メートルに接近してようやく発見したが、その時には対向する大型貨物自動車があつたため上り車線内に出て波多野車との衝突を回避する措置をとることもできず、ただ急停止の措置をとつたものの間に合わず、被告人車の左前部を波多野車の左後部に衝突させてしまつた。被告人車は衝突後も約20.8メートル下り車線内を進行し、その間に半回転して前部を千葉県方面に向けて停止し、他方波多野車も衝突される前に停止していた地点より約5.7メートル程北方に移動し(回転したか否かは別として)、下り車線の路肩を越えて土手下に飛び出し前部を外側に向けて停止した。被告人は急いで車から降りて衝突地点に戻つてみると、波多野と同道していた田那辺眞一が衝突地点から4.7メートル離れた上り車線内において、脳挫滅、肺挫滅、心臓裂傷により死亡していた。

ところで原判決は、田那辺を死亡させた原因について、同人は波多野車の車側にいたところ、被告人が被告人車を波多野車に衝突させこれを一回転させたため、それによつて車側にいた田那辺を上り車線上にはね飛ばし、対向してきた大型貨物自動車に衝突、轢過させたものであると認定したが、その主な証拠が波多野和男の証言であることは記録上明白である。所論は、波多野の証言は信用性のないものであるというので、この点について検討する。

原審第三回公判調書中の証人波多野和男の供述記載によれば、原審における波多野の証言の要旨は「私が走つていると二台の対向車が五〇メートル位手前で並進しながら接近してきたので、ブレーキをかけ左にハンドルを切つた。道路左端のポールにガソリンタンクをぶつつけてしまつた。右にハンドルを切り返したところ、車はセンターラインを越えて道路右端の舗装部分から前輪を落し、下り車線の道路を塞いだ格好に止まつた。そこで寝ていた田那辺を起して車から降り、左側のガソリンタンクに穴があきガソリンの漏れているのを二人でさわつていた。こうして一分位たつたところ私の車の後部に自動車がぶつかつてきた。私の車は一回転して田に落ちかかつた。私は車から1.7メートル位離れて立つていたときであつたので当てられなかつたが、一瞬痛いような感じがした。田那辺は宙を飛んだような気もするが、五、六メートル向うまでぐるんぐるんと転つて行つたという印象が強い。その時日立市方面から来たトラツクが右側のタイヤで同人を轢いてしまつた。そのトラツクは止まらないで行つてしまつた」というのである。しかし、当審における証人波多野和男の尋問調書によつてみると、同人は田那辺の行方にばかり気をとられ衝突された後、自分の車がどうなつたのか現認しているわけではなく、一回転して田に落ちかかつたと述べたのは自分の推測を述べたに過ぎないといい、田那辺がぐるんぐるんと転つて行つたと述べたのも、自分としては田那辺は頭を茨城の方に向け足を東京の方にして空中を飛ぶように行つたと思つていたが、警察でいろいろ話を聞いて次第に転つて行つたのかと思うようになつたからであり、現在では混乱してどちらともいえないというのである。この波多野の証言は波多野車が衝突でどのような動きをしたかは目に映らず、ただ波多野車のタンクのそばにいた田那辺が衝突と同時に上り車線の方にはね出されたことだけが目に入つたという点で不自然であるばかりでなく、そのはね出された態様についての説明も現に目撃した者の証言にしてはあいまいに過ぎないかの疑問がある。

そこで、さらに現場の客観的状況に照らし右波多野証言の信用性を検討する。まず、鑑定人佐藤武は、波多野車は被告人車による衝突にもかかわらず車体の回転を生ずることなくそのまま前方に移動して土手の坂を下りて行つたと思われる旨の鑑定をしているところ、同人作成の鑑定書、同人の当審公判廷における証言からうかがわれる右鑑定の根拠、推論の過程などに照らし右鑑定に誤りがあるとは認められない。また、波多野車には左ドア前部の取付部から左前フエンダーにかけての部分と同ドア下部にかなりの損傷が認められるところ、司法警察員作成の実況見分調書(本文九枚、図面二枚のもの)、当審の検証の結果など関係証拠を検討としても、右のような損傷を与えるに足りる障害物が上り車線の左側はもとより現場附近にあつたとは認められない(前記波多野証言にいう道路左端のポールは、その高さ、形状などからみてガソリンタンクに損傷を与えることはあつても、車体に前記のような損傷を与えるとは考えられない。また、検察官は、下り車線路肩に立つている「交差点あり」の道路標識にドアをぶつけたものとみているが、司法警察員作成の写真撮影報告書(写真二〇葉添付のもの)中の関係写真を精査しても右道路標識には波多野車の前記損傷に対応するような衝突の痕跡は認められないし、右の道路標識では前記のような形状の損傷は生じないとみられるから、検察官の見方を容れることもできない)。そうすると、波多野の前記証言は現場の状況と即応しておらず、また、左ドアにあつた損傷について納得できる説明をしていないといわなければならない(なお、検察官は、田那辺の頭部の骨折は走行中の車から転落しただけで発生したとは考えられず、波多野車の回転によつて頭部を激突され、さらにはね飛ばされて路面と激突して発生したものと考えられる旨主張するが、波多野車の左ドアの損傷の発生原因が解明できない以上、田那辺の右骨折は波多野車に右損傷が生じた機会に生じたとも考えられ、田那辺の骨折は波多野の証言の信用性を裏付けるに足りるものとは認められない)。

以上の次第で、波多野の証言はその重要部分において信用性に疑いがあるといわざるをえず、右証言のほかには被告人車の衝突によつて田那辺が死亡したとの事実を認めるに足りる証拠はないから、原判決が右の事実を認定したのは、事実を誤認したものであり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである。原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

三控訴趣意第一の四について〈略〉

四以上の次第であるから、弁護人らの量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略して、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して当裁判所においてさらに判決する。

(罪となる事実)

左記に認定する事実のほかは、原判示第二の事実のとおりであるから、ここに引用する。

被告人は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四六年六月三日午後九時過ぎころ千葉県我孫子市附近で自己の運転する普通乗用自動車(茨城五ひ五二一一号)内でビール三本および清酒約一合を飲んだうえ、右自動車を運転して、同日午後一一時五〇分ころ取手市大字桑原九二四番地先附近の国道六号線を千葉県方面から土浦市方面に向い時速約七、八〇キロメートルで進行中、当時は小雨で前方の見透しが悪く、路面も濡れて滑走しやすい状態であつたうえ、ウインドワイパーを作動し前照灯も下向きにしていたのであるから、被告人としては、適宣減速し前方注視を十分にして進行すべき業務上の注意義務があつたのに、酒の酔いも手伝つて漫然と前記速度のままで進行した過失により、波多野和男運転の普通貨物自動車(品川四に一四五三号)が進路前方に横向きに停車しているのを約26.1メートルに接近してようやく発見し、急制動したが及ばず、自車左前部を右自動車後部に衝突させ、さらに20.8メートル進行してその間に自車を半回転させ、右の各衝撃により自車に同乗していた森孝夫(当時二七年)に全治約二週間を要する腹部打撲の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目) 〈略〉

(法令の適用)

法律に照らすと、原判決が適法に確定した原判示第二の所為は道路交通法六五条一項、一一七条の二第一号に、前示の業務上過失傷害の所為は刑法二一一条前段、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条)にそれぞれ該当するところ、前者については懲役刑を後者については禁錮刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、但書、一〇条により重い業務上過失傷害の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を禁錮四月に処し、諸般の事情により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、刑訴法一八一条一項本文により、訴訟費用中原審証人岡野都一に支給した分を被告人に負担させる。

本件公訴事実中、田那辺眞一を死に致した点については、前に説明したとおり、その証明が不十分であつて、これを認めることはできないが、森孝夫に対する致傷の事実と科刑上一罪の関係にあるものとして起訴されているので、主文においては無罪の言渡をしない。

よつて、主文のとおり判決する。

(東徹 石崎四郎 佐藤文哉)

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